« 2010年07月 | メイン | 2010年09月 »

2010年08月 アーカイブ

木材利用の変遷 3

終戦後、33年頃までは、いわゆるバラックの建築ラッシュ時代が続きました。


その資材として、天然林だけでは追いつかず、明治40年頃から大正10年頃にかけて、宮内省の御料林と農林省山林局(戦後合併して林野庁となる)の国有林が実行した特別経営事業の本格的人工造林地からの間伐材がピンチヒッターとして重用されました。


さらに細丸太は土木、坑木用材、足易や稲掛用材などとして余すところなく用いられ、月毎に高値を更新する有様でした。


さらに板材不足のため、はじめて外材(ラワン材)が輸入され、ベニヤ板として急速に需用が増大したのです。


35年頃から以降は経済事情も逐次好転し、一般の生活事情も安定するとともに、建築需要も本格化して急上昇するに至りました。


たまたま特別経営事業の造林地が柱材として利用可能の主伐時代に入ったため、大増伐時代へと進んだのです。


それはまだ外貨の少ない時代であり極力国産材ですませたいですし、他方需給ひっ迫のため材価は急上昇するので、政府としても物価を鎮静化するため、林野庁の特別会計制度を無視して大増伐を指令したものです。


これは当時としては重要な国策でもあったわけです。

木材利用の変遷 4

ところが、これがのちに特別会計制度、そして林野庁の財政を狂わせた第一番の引金となっていることを理解してほしいのです。


なぜなら国有林の特別会計制度の主要目的は国有林野事業を恒続させることを基本としているのです。


そして木曽ヒノキや秋田スギといった高価な天然林や唯一の特別経営事業の人工造林地は限られた量しかなく、これらを伐りつくせばこれに代わるものは全くないのです。


こうして、国有林野事業は永い冬眠期に入ってしまうわけです。


40年代に入ると木材需用はますます増大し、国産材では全く足りないため、アメリカ材、カナダ材、そしてソ連材と針葉樹材の輸入が急速に拡大しました。


50年代には日本の建築用材林の蓄積は急激に減少するのですが、わが世の春を謳歌していた国産材は価格面でも安い外材に太刀打ちできない時代を迎えたのです。


また戦後、燃料は薪を主体に、木炭も石炭同様、黒ダイヤと称されたほどでしたが、30年代後半には一般家庭用燃料は都市部は都市ガス、地方はプロパンガスが急速に普及し、電熱利用器具の開発も加わったいわゆる燃料革命により、薪炭の需用は急減して、だれひとり燃料を山に求める者がなくなってしまったのです。


加えて、パルプ需用はふえても、原料は安い外材に依存するようになり、さらに直接パルプ輸入へと変わっていったため、マツが完全に見放されるとともに、広葉樹も薪炭、パルプ両面で見放され、林業の急激な衰退は驚くばかりとなったのです。


ここに全般に外材時代を迎えたわけです。

About

2010年08月にブログ「カムカムブログ」に投稿されたすべてのエントリです。新しい順に並んでいます。

前のアーカイブは2010年07月です。

次のアーカイブは2010年09月です。

他にも多くのエントリがあります。メインページアーカイブページも見てください。

管理人のお気に入り

Jaspersoft

野村総合研究所のオープンソースサポートサービス『OpenStandia』による、Jaspersoft Business Intelligence Suite(ジャスパーソフト ビジネスインテリジェンススイーツ)をご紹介するページです。

  • 家庭教師
  • 家庭教師のタートル先生のご案内。小学生・中学生・高校生のための家庭教師を紹介。苦手科目克服・やる気アップ・定期テスト対策・受験対策なら家庭教師のタートル先生へ安心してお任せ下さい。
FX リミットオーダー

指値注文。...

結婚式2次会のことは
結婚式の二次会幹事代行は年間500組の豊富な実績、参加者満足度No.1の「2次会エンジェル」結婚式の二次会代行ただいま無料キャンペーン実施中!司会、受付、音響、撮影、ゲーム、余興、景品など全ての幹事代行をいたします。